急上昇
徒競走
https://news.yahoo.co.jp/articles/338cccf211ccb3141aafe18a9a46b6ef3000e5be
5/5(日) 4:01配信
「泥人魚」「ベンガルの虎」などテント劇場で時代を挑発し日本の演劇界をリードした劇作家、演出家、俳優で文化功労者の唐十郎(から・じゅうろう、本名・大●義英=おおつる・よしひで)さんが4日、急性硬膜下血腫のため東京都内の病院で亡くなった。84歳だった。
東京生まれ。下町で育った。明治大文学部で演劇学を専攻。卒業後、劇団「状況劇場」を結成。前衛舞踏家の土方巽の影響を受けて既存の演劇公演に反発し、1967年に東京・新宿の花園神社に初めて紅(あか)テントを仮設し、独自のスタイルで公演を始めた。70年、「少女仮面」で岸田國士戯曲賞。都会のノイズを皮膜一枚で隔てた空間に現出させる詩的で猥雑(わいざつ)な劇世界は熱狂的な人気を集め、日本の演劇界を変革したアングラ小劇場運動を先導した。
2003年に長崎県の諫早湾の干拓問題を題材に「泥人魚」を発表、読売文学賞戯曲・シナリオ賞、鶴屋南北戯曲賞などを受賞。12年に自宅前で転倒し頭部を負傷するまで新作を発表、演出と役者を務めた。
小説家としては1983年に「佐川君からの手紙」で芥川賞を受賞。97年から2005年まで横浜国立大教授。06年には読売演劇大賞芸術栄誉賞を贈られた。
抜粋
1960年代から主宰した「状況劇場」ではテント公演を新宿の公園で強行して逮捕されたり、日本列島南下興行と銘打って復帰前の沖縄まで巡演したりと型破りな行動で注目された。寺山修司さんら同時代の演劇人が欧米を目指す中、戒厳令下の韓国、中東の難民キャンプなどで公演した。
「状況劇場」からは麿赤児さん、最初の妻の李麗仙さん、小林薫さん、根津甚八さんら個性的な俳優を輩出したが88年に解散。翌年に若手を集めて劇団唐組を旗揚げした。また、97年に横浜国立大教授に就任、指導したゼミの学生たちが劇団「唐ゼミ☆」を作った。
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No.5 赤がんばれ 白がんばれ
24/05/05 10:45:16
マーごめのお義父様だね
なぜ、鶴が出せないのか??
安らかに
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No.4 旦那の足が空回り
24/05/05 10:43:23
大鶴義丹のお父さんだよね?
ヤンキー母校に帰るの校長先生やった人だなぁと思い出した。古いけど。
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No.3 弁当マウント
24/05/05 10:40:43
顔見ても誰だかわからない
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No.2 赤がんばれ 白がんばれ
24/05/05 10:39:10
とっくに亡くなっていたと思ってた
なんで本名大●なの?
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No.1 玉入れ
24/05/05 10:38:54
劇団死期
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