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第20週「キレンゲショウマ」ネタバレ
万太郎は日本植物図解の最新号の準備をしていたところに虎鉄の学校の先生から見知らぬ植物の問い合わせを回答したことをきっかけに日本全国から標本が送られてきた
これを知った丈之助のアイデアで新聞に「標本を送ってくれれば草花の名前を教えます」と広告を出すことに
ヤッコソウ発見から3年経過
十徳長屋の住人たちはこの三年間で次々に出て行った
丈之助は新聞に連載していた小説の本が売れて、講師の仕事も決まり、さらに結婚して長屋を出た
福治とゆうが結婚して長屋を出て行った。福治の娘・小春は女中奉公に出た
倉木一家は運送会社の社員寮に引っ越しした
万太郎一家は引き続き長屋に住んでおり、丈之助のいた部屋を標本置き場にしていた
千歳は4歳になり 第3子「百喜」2歳
第4子が妊娠中⇒「大喜」と名付けられる
槙野家は多額の借金を抱えていて度々借金とりの磯部(六平直政)がやってきて寿恵子が対応し、言葉巧みにかわして新たにお金を借りるまでしていた
アメリカでミシシッピ川の堤防工事を終えた佑一郎が帰国
佑一郎は万太郎にアメリカでの出来事~巨大な建造物や人種差別のことを話した
札幌農学校の土木工学科教授として赴任することになった
その頃田邊は森大臣が暗殺されたことにより校長をしていた高等女学校が廃校となり、東京盲唖学校の校長と帝国大学の評議員も辞職した
聡子に背中を押された田邊は帝国大学理科大学の学長として植物の研究に力を注ぐ
虎鉄が修学旅行で行った伊予の石鎚山で採取した黄色い植物を万太郎のところに送った
同じころ田邊が学生たちと植物採取の旅で石鎚山で同じ黄色い植物を見つけ、新種であるこの植物を「キレンゲショウマ」と名付けて発表(レンゲショウマに似ていたからそう名付けた)
万太郎にも虎鉄からのキレンゲショウマはあったものの新種を確定させる果実の標本も手に入れる必要があったので、いち早く果実を取りよせた田邊が先に発表ができた
田邊のライバルの美作教授の兄が貴族院の議員になったのかきっかけで翌年3月に田邊は権力争いに負けて大学を追放され植物学界からも姿を消した
植物学教室では田邊の後任にドイツから帰国した徳永が教授になった- 2
23/08/13 15:00:01