上沼恵美子長寿番組の突然の終了に気力を取り戻すのに1年「ここで死んだらアホやな今は辛抱しよう」

匿名

山田線

21/12/02 08:16:18

27年間続いた『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』が来春終了、というニュースが流れた上沼恵美子さん。
仕事も人生も一段落の時期かと思いきや、長年「ネタ」であった夫との別居、ライフワークとして取り組んできた『快傑えみちゃんねる』の突然の終了と、
コロナ下で大きな変化を経験することに。今、その心中に去来する思いとは──

コメント

古トピの為、これ以上コメントできません

  • No.1 山田線

    21/12/02 08:17:56

    ◆青春ドラマ、あれは嘘です

    仕事では、コロナ以外にも衝撃的なことがありました。2020年7月、25年続いた私の冠番組『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)が突然、「降板」という形で終了したことです。理由も説明されませんでした。説明は受けてないけど、理由は知っています。でもここでは伏せておきましょう。

    週刊誌は見ないようにしていましたが、ほかの番組のスタッフが記事を持って涙ながらに飛んできました。ほとんどがバッシング。構成にかかわっていた次男も一緒に標的になりました。お母ちゃんの番組で実力のない息子を使ったと。親バカだ、アホちゃうかという記事は、読むほうは面白いでしょう。でも事実は違います。

    実は10年ほど前に番組としてしんどい時期がありました。「そろそろ終わるかな」という思いがあったんですが、その時に息子の意見で息を吹き返したという経緯があります。私もこの仕事をして約50年、人を見る目はあるつもりです。いいものはいい、ダメなものはダメと判断するし、言います。

    もう終わったことですが、関西テレビさんのことは恨んでます。大嫌いです。『えみちゃんねる』が25年を突破した時に社長賞としてクリスタルのトロフィーをもらいましたが……こんなん言うてええんかな、はい、かち割りました。勝手口にパーン! と叩きつけて。ふだんはあまりネガティブな感情は出さないんですけど、これが私の感情なんです。

  • No.2 山田線

    21/12/02 08:18:39

    ◆インターフォンは鳴らなかった

    本当はね、期待してました。家の前に20人ぐらいスタッフが集まって、「上沼さーん!」とインターフォンを押しながら私を呼ぶ。私が出て行って、「こんな結果になったけど、みんながんばりなさいよ」と言うと彼らはオイオイと男泣きする。よく青春ドラマにあるじゃないですか。そんな場面を思い描きながら、ずっと待ってました。でもいっこうにインターフォンは鳴りませんでした。未だに鳴っておりません。

    青春ドラマ、あれは嘘ですね。青春のようにひとつの番組をみんなで作ってきたというのは、自分の空想でしかなかった。ライフワークのように思っていた仕事をこういう形で失った衝撃は大きかったです。

    気力を取り戻すのに1年かかりました。白浜の家は5メートル先が海で、いつでも飛び込めたんですよ。でも「ここで死んだらアホやな。今は辛抱しよう」と。あんなに辛抱強い自分は初めてでした。

    それでも1年が過ぎて、ちょっと強くなりましたね。「人間なんて信じたらあかんわ」ではなく、前を向こうという気持ちが出てきました。

    実は年内にYouTubeで番組を始めようと計画してるんです。これからは指定されたことを使命感でするのではなく、自分のしたいことを提供したい。16歳から働いてきたので、私はクラブ活動もキャンプファイヤーも経験していません。趣味を楽しむ時間もなかった。かわいそうといえばかわいそうなんです。

    したいことはいっぱいあります。得意なおしゃべりを交えた人生相談もいいし、スタジオを借りて大好きな昭和歌謡を歌い続けてみるとか、料理のなかでも「あっちゃー」というようなアイディア料理を紹介するとか。今の私の等身大、ありのままを見ていただくような内容を考えています。

  • No.3 山田線

    21/12/02 08:19:12

    ◆戻れるものなら戻ってやり直したい

    今、家事に育児に仕事にと、一番大変な時期にいる方には「今が一番いい時ですよ」と言いたいですね。私も荒波の人生を生きてきました。家を新築する時、文句を言ってきたご近所と闘ったこともあります。長男は友だちができなくて、自分の家で友だちがワーワー遊んでるのに一人だけぽつんと絵本を読んでるみたいな子どもでした。

    中学時代の三者面談で、先生から「行ける高校がない」と言われ、うなだれて帰ってきて一人で泣いたこともあります。大好きだった人と結婚して、生まれてくる子どもはもうちょっと出来がいいはずでした。思うようにいかないことばっかりで、結婚も出産も間違いやったんやろかと思ってつらかったです。

    でも、その時には「若さ」があるんですよ。腹立てたり、わめいたり、子どもに怒ったり、近所と闘ったり。正直、「もうやーめた」と思ったこともありましたが、乗り切りました。子どもを捨てるわけにはいきませんから。そんな日々が今はなつかしい。今なら「こういう言い方をしたら、あのご近所さんも怒れへんかったやろに」という正解も持ってます。戻れるものなら戻ってやり直したい。

    ただ、あの時間がなかったらここまで来られてないんです。子どもの出来が悪いのも、中学の三者面談も、近所との闘いも、やっぱり人生の大事な「行事」でした。すごく激しくて、息つく間もなくてつらかったけど、最高潮の花火のような色とりどりの時間。自分も尖ってたし、周りも尖ってた。しんどいんやけど、きらめくような弾けるような。

  • No.6 山田線

    21/12/02 08:20:00

    ◆私は自分で苦労を買って出たのかも

    渦中にいる時にはわからないんですよね。今は「私が世界で一番不幸だわ」と思ってる人も多いでしょう。私もそうでしたからよくわかるんです。そう思う人は、がんばってる人。なつかしくなる時間が必ず来ます。今の私があの頃の私の元へ行けたら、頭を撫でてやりますね。「よしよし、がんばれよー」と。

    特に今はコロナもあって、問題はさらに増え、複雑になっているかもしれません。世界がゴロッと変わろうとしている時に、自分の感情をどこへ持っていったらいいのか。四面楚歌もいいところでしょう。でも思うようにいかないことが、きっと自分を磨いてくれると思ってほしい。きれいごとのように聞こえるかもしれないけど、実際にやってきた私が自信をもって言います。最高に豪華な海外旅行へ行くよりも、ずっと充実した時間を生きているんですよ。

    下の息子が生意気なことを言うんです。「おやじの言う通りの人生だったらつまらんかったやろ? 今、『上沼恵美子』という毎日を過ごせてるんやから、よかったよかった。ちょっとおっちょこちょいでぺらぺらなおやじでよかった」って。失礼な。(笑)

    でもひょっとしたら、私は自分で苦労を買って出たのかもしれません。自分だけの面白い「人生ゲーム」を作るために。こうして振り返れるのは、この年齢になったからこその特典じゃないでしょうか。これからは人生のフィナーレを、ファンの皆さんと一緒に飾っていきたいと思っています。

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*コメント欄のパトロールでYahoo!ニュースのAIを使用しています

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