• No.1 真田幸村

    20/11/21 15:42:55

    秋篠宮家に仕える職員に退職者が増え始め、マスコミに「御難場(厳しい職場)」と書かれるようになったのは、悠仁さまが小学校に上がったころのことだ。

    「私語をする職員がいると、『親王の勉強に差し障ります! お静かに!』とお叱りになるなど、大きな声を出されることが増えました。数ヵ月かけて調整したご公務の日程を直前になって覆され、心が折れる職員も出てきた。 

    挙げ句、意図的なのかどうかは分かりませんが、全く同じ仕事を二人の職員に指示して、遅かったほうを叱責された、などという話まで漏れ伝わるようになったのです」(前出と別の宮内庁職員)

    決定的な事件も起きる。悠仁さまを乗せた車両が'16年11月に前方を走る車に追突し、翌'17年4月には眞子さまの車両が縁石に接触した。あってはならない事故が相次いで発生したのだ。紀子さまは激怒した。

    「事故の背景には職員の疲弊がありました。当時、宮内庁の中には『秋篠宮家の担当は、仕えるのではなく耐える』という言い回しすらあった。限界が来ていたわけです。

    秋篠宮さまが昨年に皇嗣となられてからは職員の数もおよそ倍になってはいますが、退職者は減らず、慢性的な人手不足は変わりません。

    これまで人材供給源だった警察庁や外務省も及び腰になり、新任宮務官をキャリア官僚ではなく、地方自治体の職員などから引き抜くケースが増えています」(同・宮内庁職員)

    仮に悠仁さまが生まれていなければ、おそらくは紀子さまもこれほど周囲に厳しく当たるようにはならなかっただろう。

    国民の注目と期待を一身に受ける中で、「次期天皇家たるもの、常に完璧でなければならない」、そして「皇統の未来を担う秋篠宮家が、蔑ろにされることはあってはならない」との思いが募っていったのではないか。そのしわ寄せが、職員への負担という形で現れているのだ。

    今回の立皇嗣の礼を終えて、もはや秋篠宮、そして悠仁さまへと皇統が継がれてゆくことは確定的となった。おそらくは80代に入った今上天皇の退位後、70代の秋篠宮が数年から10年ほど皇位に就き、40代の壮年に入った悠仁さまへ引き継ぐ流れとなる。

    これから先、秋篠宮家は皇室の「傍流」から「本流」へと変貌してゆく。そうなれば、やはり眞子さまと小室圭さんの結婚問題がのちのち火種になってくるのではないか、と考える国民は多い。

    天皇の義兄となる小室さんには、不透明なところが残されていてはならない――と。

    だが実は、今回の立皇嗣の礼で皇位継承の見通しがクリアになったこと、それに伴って眞子さまの今後の立場が決まったことにより、この問題は解決に向かいつつある。

    というのも、秋篠宮と悠仁さまの2代の「次期天皇」が明確な現在、愛子さまの皇位継承を念頭にした女性宮家創設の議論が再燃することは当面ない。

    つまり、眞子さまと小室さんが結婚しても、眞子さまは皇籍を離脱し、天皇の妹・黒田清子さんと同様に一般人となるだけなのだ。離脱時に1億3000万円余の一時金が支払われるが、その後は皇族費も支給されない。

    「紀子さまはこれまで強硬にご結婚に反対していましたが、最近では知人らに小室さんの世評を尋ねることが増え、以前に比べれば軟化しているとも聞きます。2年半が経っても眞子さまの気持ちが全く揺るがないことに根負けした部分もある」(前出・旧皇族関係者)

    続く

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