• No.1 主 ぶっちゃけ

    SH38

    10/04/01 21:51:19

    然しながら、名護市を中心とする北部十二市町村は平成十二年以降、普天間基地移設受け入れ表明をした見返りに「北部振興資金」として年間百億円を平成十二年度より受給しており、既に七百億円を受領しています。
    当時の稲嶺恵一沖縄県知事が受け入れを表明し、翌十二月に比嘉鉄也名護市長が同様に受け入れを表明、他の近隣市町村首長もこれに追従しました。
    このため、政府は名護市を中心とする沖縄本島北部十二市町村に対し一年間に百億円、十年間に一占億円を投下することを公約しました。
    ところが、沖縄側が条件闘争に終止し、移設作業が一向に進展しなかったため、平成十九年、守屋防衛省事務次官が出来高払いに転換することを政府に提言しました。このため一時凍結されたものの、守屋防衛次官により、再びこの振興資金は無条件に投下されることになりました。

    移設問題は賛否両論ですが、この取引のあった事実が世間であまり知られていないのでトピを立ててみました。
    知って欲しいだけですので皆様で好きに話し合うなり感想を書くなりお好きにレス下されば嬉しいです。

  • No.26 主 ぶっちゃけ

    SH38

    10/04/02 17:20:46

    >>22
    >>1は>>6に簡単に書いているつもりですが>>18さんが更に簡単に要約しているので大丈夫ですか?
    >>13は簡単に言えば戦火で焼け野原になってた宜野湾市中心部の台地に陸上戦に備えて急いで滑走路を作った場所(普天間)が戦後5年間は使われない米軍基地として放置されてました。
    この5年間に、もともと基地内の土地に住んでいた市民が、戦火を逃れた避難先や収容所から戻ってきたが、自宅の土地は米軍に強制的に借り上げられていたので、代わりに基地の周辺に密集して住むようになりました。
    避難していた地元住民が戻ってきたとき、飛行場の後背地を弾薬庫用地などのクリアゾーンをまだあまり作っていなかったまま住宅がチラホラ建っていき、そして経済回復・観光産業の発展・基地関係の商業と雇用から、基地周辺に米軍関連の従事者や商店の人の住宅や関連の公共施設が造られてたりして密集する事になり、やがて住宅・学校・商店・公共施設等の集合体として、市街化が発展し、基地周辺に迫り、基地と民間施設・住民の共生が強まり、現在に至っている。
    …って違う文まで加えて要約になってなかったのですが分かります?
    誰か簡単に要約して下さい。。

コメント

古トピの為、これ以上コメントできません

返信コメント

  • No.44 あ

    W63CA

    10/04/05 00:27:33

    >>40
    そもそも沖縄に米軍基地は無かった。沖縄で地上戦を始めた為、基地が必要になる。その後の流れは>>26に書いてある。


    主さん、座り込みの日当はどこから出てるの?

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