時間までに準備できない子は置いていきます
夫は姑が45歳の時に産んだ子で末子であり、長男。
同居当初から夫が居ない時に虐められ、何かにつけては「出来が悪い嫁」と罵られ、食事を作っても「私が食べたいものが無い」と叱られました。
その都度、私は謝りました。
結婚当初から夫の給与も家のローンも何もかも全て、姑が管理していました。
例えば「夫の下着」を買ってくるように姑に言われたら、「はい、お金。」とお金を渡され、購入後、その下着とお釣りを姑に渡します。
それが新婚生活の始まりでした。
70歳が間近の私などの世代では、結婚して最初の子が産まれたら退職するのが当たり前のような時代でした。
生理が来なくなった私は、不妊治療(生理の復活)を投薬で行いました。
年数を経て、やっと子宝に恵まれて、私は退職しました。
退職してからは、姑の腹立ちは酷くなりました。
理由が分からないことで怒鳴られました。
姑が熱を出したら、病院へ連れて行き看病します。
生まれて間もない子を見ながら、その時、ほんの少し御粥を作るのが遅れました。
姑は怒鳴りながら言いました。
「私を殺す気か!」「食べられなかったら死ぬ、そんなにして私が邪魔か!」
謝りました。
謝るしか無かったです。
離婚出来ません。
生活力が無いことと、私は親の為に結婚したからです。
実家に戻れません。頼れません。
我慢するしかなかった。
夫は何もしてくれません。
「お前と母の問題。俺は関係ない。」「文句があったら俺より稼いで来い。」しか返って来ませんでした。
孤立無援のまま、私は姑の介護をし、夫の姉が自殺した後の片付けと姉が残した子(精神障害で入院中)の面倒を見ることも当たり前だと言われました。
姑が亡くなるまで自宅で介護し、亡くなった翌年に夫が家で寝ている間に亡くなりました。
亡くなって暫くの間は夢に姑と夫が出て来て、怖かったです。
やっと、夢を見なくなって安堵しています。
長い年数を経て、私は家に居場所が出来たように思います。
#義家族同居のリアル
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