立花宗茂
■自分は「低の低」の人間だ、と青葉は言った
青葉の意識が戻ったのは、2度目の表皮移植手術の前だった。喉の器官を切開して人工呼吸器をつなげているため、言葉は発せない。上田と目が合った青葉は小さく頷いた。
喉を塞(ふさ)ぎ、言葉を発することができるようになったのは事件から約3ヵ月後の10月半ばだ。
「最初はかすれ声しか出ない。しゃべり方を忘れているんです。『声を出してみ』と言ったら、『ああ』って。その後、声が出るようになったと泣いていた。そのとき、死ぬことを覚悟して事件を起こしたんじゃないんだなと思いました」
少しずつ、ふたりは言葉を交わすようになっていった。
「そのとき彼は、犠牲者はふたりだけだと思っていた。『ふたりも殺したからどうせ死刑になる』って言ったんです。僕は、『悪いことをやったという自覚があるんやったら、まずは自分がやった行為と向き合え』と言いました。『それから罪を償え、そのためにおまえを助ける。主治医である自分をしっかり見ろ。俺はおまえに向き合う。絶対に逃げるな、もう逃げられへんぞ』と」
意識したのは、正面からぶつかることだ。これはラグビーから学んだことだった。
「タックルに入るとき、斜めや横から入ると絶対に失敗するんです。一番いいのは真っ正面から行くこと。医療も同じで、なんかあったらとにかく正面からぶつかるしかない」
上田は毎日、7時半と19時の2回、青葉の話を聞いた。青葉は、自分は「低の低」の人間で、生きている価値がないと投げやりだった。
「彼は家庭的なネグレクトもあって、勉強ができなかった。それでも定時制高校を卒業して派遣の仕事についた。それがリーマン・ショックで突然解雇になった。それで、昔から好きだった小説のようなものを2年間かけて書いて応募した。しかし、はねられた。そのとき、食べていく術(すべ)がなくなったと感じたそうです。後から自分が書いたものと同じような内容の作品が出たと思い込んで、カッとなって事件を起こした。稚拙(ちせつ)なんです。ただ、誰かが奴の話を聞いてやれば、思いとどまったかもしれないと思いました」
https://news.yahoo.co.jp/articles/c23df430ad639ed9d2b7a9b7d220f3a9f4652226?page=5
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