セミ
2017年08月28日13時45分
羽田孜元首相が28日午前7時6分、老衰のため、東京都内の自宅で死去した。82歳だった。東京都出身。政治改革の実現を唱えて自民党を離党し、1994年に非自民連立政権で首相を担ったが、在職日数は現行憲法下で最短の64日間だった。葬儀は9月8日午後1時から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で。喪主は妻綏子(やすこ)さん。
小田急バス勤務を経て、衆院議員だった父武嗣郎氏の後を継ぎ、69年の衆院選に旧長野2区から自民党公認で出馬し、初当選。連続当選14回。93年に同党を離れ、旧新生、新進、太陽、民政各党を経て、98年に民主党入りした。
自民党では旧田中、竹下両派に所属し、農林水産相や蔵相を歴任。当選同期の小沢一郎氏らとともに竹下派「七奉行」と呼ばれた。竹下派継承をめぐる対立で小沢氏らと同派を離脱すると、宮沢内閣不信任決議案に賛成。自民党を離党して新生党を旗揚げし、細川護熙首相の連立内閣に副総理兼外相として入閣した。細川氏が退陣した94年4月、後継の第80代首相に就いた。
だが、政権内の対立で旧社会党が連立を離脱し、少数与党に転落。羽田内閣不信任決議案が提出されると、94年6月に総辞職した。
96年の衆院選で新進党が敗北した後、党首だった小沢氏との確執が生じ、離党して太陽党を結成。98年の民主党結党に参画し、幹事長の要職も務めた。2012年の衆院選に出馬せず、政界を引退。13年春の叙勲で桐花大綬章を受章した。
温厚な人柄で、自民党時代は金丸信元副総理から「平時の羽田」と評された。オイルショックを機に考案された半袖ジャケット「省エネルック」の着用を続け、夏場の軽装「クールビズ」の先鞭(せんべん)をつけたことでも知られる。民進党の羽田雄一郎元国土交通相は長男。
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No.6 BBQ(焼き担当)
17/08/29 07:59:36
省エネスーツしか思い出せない
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No.5 プール
17/08/29 07:58:38
>>1
小沢と鳩山は長生きしそう。特に小沢。
いや、みんなだな…ww
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No.4 お祭り
17/08/29 07:49:43
誰?
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No.3 キャンプ
17/08/29 07:47:14
小沢の操り人形の一人って感じ。
民主党の時もよぼよぼでボケーーーっとした顔で国会にいたけど、もっと早く引退してほしかった。その頃から認知症だったらしいね。
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No.2 わたあめで手がベタベタ
17/08/29 07:37:22
ちょっと前にいつもの歴代最低総理達が安倍批判しててこれの名前も入ってなかったっけ?
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No.1 かき氷
17/08/29 07:31:53
村山、細川、河野、小沢、菅、鳩山、福島、辻元辺りもさっさと逝ってくれ
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