急上昇
日本人だけど日本のことわからない。
総理大臣は、外国でいうと大統領だよね?じゃあ天皇は?外国と交渉したり政治(国)をよくするために頑張るのは総理大臣や政治家の仕事だよね?じゃあ天皇の仕事は何?私の母はただのお飾り、手を振ってるだけで飯が食えて税金の無駄遣い、たくさんの人が亡くなった戦争が終わった時点で天皇制も終わるべきだった…という人。じゃあなぜ誰も何も言わないの?天皇家の人は皆○○様と崇められてるのはなぜ?偉い人が二人(天皇と総理大臣)いるのは日本だけ?
古トピの為、これ以上コメントできません
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No.235 匿名
13/10/31 21:59:20
古トピになっちゃ嫌よ
返信
No.234 匿名
13/08/06 12:49:42
>>233 自己解決しました。
曾祖母が明治天皇の第6皇女でした。
返信
No.233 匿名
13/08/06 12:22:55
>>224
竹田さんて、皇太子殿下や秋篠宮様と同じ明治天皇の玄孫なんだもんね。
大正天皇の兄弟が竹田さんの曾祖父さん?
それとも側室の筋?
返信
1件
No.232 匿名
13/08/06 12:12:05
>>223終戦記念日も近いので正しい歴史認証のために上げます。
返信
No.231 匿名
13/07/31 18:36:07
>>230そうですね。でも、この文を要約すると
天皇は神ではない。
です。
それが何故、神と言われた時代があったのか?そこを知ることは大切だと思いました。
面倒な話ではありますが、そこを知らない人は先には進めないと私は思っています。読んでみよう、と思う人が一人でもいたら良いかと思っています。
返信
No.230 あ
13/07/31 18:32:04
>>227観たと言った者です。
映画を観る方も60を超えた方が多かったです。若い人は、男の子二人組がいただけ。戦争の意味的な物、天皇陛下のいらっしゃる意味合い的な物を理解しようとする人は、少ないんだと思いました。わかりやすくしても理解すらしようとする人も少ないのだと思います。だから、要約してはと思ったのです。
返信
1件
No.229 匿名
13/07/31 18:31:45
>>228ググってみます。
返信
No.228 匿名
13/07/31 18:30:22
>>227
是非会田誠の戦争画も見てほしいな
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1件
No.227 匿名
13/07/31 18:23:52
>>226長文貼った者ですが終戦のエンペラートピの主でもあります。文はグダグダでは無いですよ?
簡単に、ということが全て良い訳ではありません。判らないなりに読んで判らないことを知る、これは子供に対しても大切な態度です。難しいことは正直、面白いものでもあります←某予備校先生も、おっしゃってますがな 笑
返信
2件
No.226 あ
13/07/31 18:18:39
グダグダ書かれたの見るより映画、終戦のエンペラーを観た方が理解出来る。
天皇陛下ご自身が神ではないと言っておられます。
陛下がいなければ今の日本はないと思いました。
返信
1件
No.225 匿名
13/07/31 18:00:46
血液で天皇万歳って鳥居の横に描いてた絵があったなぁ
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No.224 匿名
13/07/31 17:57:43
この本わかりやすくて、おもしろいよ。古事記バージョンもある。竹田恒泰さん(明治天皇の玄孫)監修
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1件
No.223 匿名
13/07/31 17:48:53
>>208方への文です。
>>209>>211>>213>>214>>216>>217>>219>>221>>222
要約はしません。ゆっくりでも良いので読んで下さい。歴史の流れを正しく知っていただきたいです。
返信
1件
No.222 匿名
13/07/31 17:40:29
>>221つづき
9.占領軍の創作した「神話」
終戦の翌昭和21(1946)年1月1日、昭和天皇は「昭和21年年頭の詔書」を発表された。
そこには、占領軍の意向により、次のような一節が入れられた。
朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。
天皇をもって現御神(あきつかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。
この詔書は、マスコミによって「人間宣言」と呼ばれるようになるが、この名称自体、「現人神神話による国家主義」という占領軍の創作した「神話」を信じ込んだ結果である。
今日の歴史教育では、戦前の「国民は、子どものときから、天皇は神の末裔であると教え込まれ」と「教え込まれ」、「ほとんどの国民はそう信じ込んでいた」と「信じ込んでいる。」
そうした「迷信」を盲信して、事実も見ずに先祖を貶めるのは、文明国の国民のする事ではない。
(文責:伊勢雅臣)
返信
1件
No.221 匿名
13/07/31 17:37:52
>>219つづき
8.利己的な迷信ではなかった
この時期には、確かに立花氏の言うように「国民は、子どものときから、天皇は神の末裔であると教え込まれ」たが、それはキリスト教徒が唯一絶対神の子であるイエス・キリストを崇めるが如く、天皇崇拝を教え込まれていた、という事ではない。
そもそも国民のほとんどは、まして子供たちはキリスト教的な唯一絶対神の概念などは持っていなかった。
当時の子供たちにとっての「神」とは、村の鎮守の神であったり、各地の天満宮で祀られている学問の神様・菅原道真であったり、あるいは新しい所では乃木神社の軍神・乃木希典など、身近にたくさんいる神々であった。
それらの八百万の神々の御本家が天照大神で、お天道様のように国民に慈しみを降り注いでくれる神様であった。
その末裔として、その御心を受け継いで、国民の安寧を祈られる尊い存在が天皇である。
「神として崇める」とか、「現人神」というのは、そういう存在への感謝と畏敬を込めた言い方である。
さらに立花氏は「イスラム教徒が、ジハード(聖戦)が宣せられると、この戦争でアラーのために戦って死、ねば天国に行けると信じて、平気で命を捨てるように」「多くの兵士が天皇陛下万歳を叫びながら天皇のために惜しげもなく命を捧げたのである」というが、それが事実かどうかは、弊誌で今までに紹介した特攻隊員の遺書を読めばすぐに分かることである。
そこに見られるのは、家族を思い、国の行く末を案じて、我々子孫のために命を捧げようとした青年たちの自己犠牲の思いである。
天皇のために死、ねば天国に行ける、などという利己的な迷信ではなかった。
つづく
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2件
No.220 匿名
13/07/31 17:37:37
>>219
要約して~
返信
No.219 匿名
13/07/31 17:34:14
>>217つづき
7.「絶対神とか、全知全能の神とは異なり」
こうした動きの中で、文部省が昭和12年3月にまとめたのが、国家主義の宣伝書として悪名高き「国体の本義」である。
その中で「現人神」については、こう説明されている。
この現御神(あきつみかみ)或は現人神と申し奉るのは、所謂(いわゆる)絶対神とか、全知全能の神とは異なり、皇祖皇宗がその神裔(しんえい)であらせられる天皇に現れまし、天皇は皇祖皇宗と御一体であらせられ、永久に臣民・国土の生々発展にましまし、限りなき尊く畏(かしこ)き御方であることを示すのである。
キリスト教やイスラム教の「絶対神とか、全知全能の神とは異なり」と明確に述べられている。
同様のことが昭和14年の小学校の修身教科書ではこう教えられている。
我等国民が神と仰ぎ奉る天皇は、天照大神の御裔であらせられ、常に天照大神の御心を御心として国をお治めになられます。
つづく
返信
3件
No.218 匿名
13/07/31 17:29:48
>>212
同感。
しかも長い…
返信
No.217 匿名
13/07/31 17:28:33
>>216つづき
6.ソビエト共産主義の衝撃
このような合理的な教育が変質するのは、昭和に入ってソ連共産主義の脅威を受けるようになってからである。
ソ連共産党は世界の共産革命を推進するためにコミンテルンを組織し、その日本支部として日本共産党が結成され、運動方針も資金もモスクワから与えられて、昭和3年2月の第1回普通選挙では「天皇制打倒」を掲げて登場した。
ソ連は、国内は政治警察で思想統制し、海外へは共産主義思想を輸出して世界革命を推進しようとしたので、欧米でもそれに対抗すべく治安立法と政治警察が流行した。
日本の治安維持法もその一環である。
第1回普通選挙後に共産党員の全国一斉の摘発が行われたが、その中には東京帝大以下32校148名もの大学生が含まれていた。
国家の将来を担うエリート層への共産主義の浸透ぶりは国内に衝撃を与えた。
同時にソビエト革命のもう一つの影響として、陸軍や革新官僚の中には統制経済や全体主義の考え方が浸透していった。
ここから「天皇を中心とする国家社会主義」などという習合思想が生まれた。
いずれにしろ、共産主義に対抗しうる思想体系の確立が必要だという考えが広まり、文部省を中心に「日本精神」や「国体」などをイデオロギーとして体系化する動きが始まった。
つづく
返信
2件
No.216 匿名
13/07/31 17:25:19
>>214つづき
■5.「皇室を中心とする家族のやうな国家」■
教育において、特定の神話や宗教色を注意深く排除しながら、君民一体の歴史を通じて徳育を図る、という井上の方針は、現実の教育にも実践された。
たとえば、大正10年の尋常小学校の修身用教科書ではこう書かれている。
神武天皇の御即位の年から今日まで二千五百八十余年になります。
此の間、我が国は皇室を中心として、全国が一つの大きな家族のやうになつて栄えて来ました。
御代々の天皇は我等臣民を子のやうにおいつくしみになり、我等臣民は祖先以来、天皇を親のやうにしたひ奉つて忠君愛国の道に尽くしました。
世界に国は多うございますが、我が大日本帝国のやうに、万世一系の天皇をいただき皇室と国民が一体になつている国は外にございません。
立花氏は「子どものときから、天皇は神の末裔であると教え込まれ」と言うが、それは昭和14年以降、戦争が間近に迫ってからの事である。
大正の頃までは、このように我が国の国柄を「皇室を中心とする家族のやうな国家」として描いていた。
これなら理科など子どもの合理的思考を伸ばす教育とも矛盾せず、また仏教やキリスト教徒の家庭で育った子どもも違和感なく、基本的な徳目を学ぶことができたであろう。
つづく
返信
2件
No.215 匿名
13/07/31 17:02:27
間あけます。
返信
No.214 匿名
13/07/31 16:58:02
>>213つづき
4.「内村鑑三不敬事件」の真相
現代のあるホームページには、教育勅語に敬意を示さない者に対しては政府はそれを抑える強い態度に出た。
その代表的な事件が教育勅語発布翌年早々の内村鑑三不敬事件である。
などという記述があるが、このように国家主義的思想統制の代表事例として引用されるのが「内村鑑三不敬事件」である。
明治24年1月9日、東京の第一高等学校の始業式にあたって、教育勅語奉読式が行われた。
式場中央に「御真影」(天皇皇后のお写真)が掲げられ、その前面の卓上に「御親署(天皇が署名された)の勅語」が置かれていた。
当日、欠勤していた校長に代わって、教頭が勅語を奉読し、以下、教員から生徒まで次々と登壇して「御親署の勅語」に「礼拝」することになった。
これは教頭が新たに考え出した儀式だったようで、非常勤講師として出席していた内村鑑三は、勅語の内容には共感していたものの、偶像崇拝を禁じられているキリスト教徒として、少しだけ頭をさげて「敬礼」するにとどめた。
この内村の態度に教師や生徒が怒り、一般ジャーナリズムも「不敬事件」として報じて、大事件になってしまった。
事態を憂慮した校長が「お辞儀は天皇に対する礼拝ではなく、尊敬の表現である」と説明した所、「良心のとがめ」のなくなった内村は教育勅語に最敬礼することとしたが、病気が重かったので、友人の教授に代拝してもらった。
しかし、これでは事態は収まらず、ジャーナリズムが免職処分を求める主張を展開し、また内村の知らない所で辞職願が代筆され、依願解嘱となってしまった。
しかし、「政府はそれを抑える強い態度に出た」などというのは事実ではなく、政府も警察もこの騒ぎにはまったく介入せ ずに、自由な論争を許していた。
キリスト教徒の柏木義円などは、天皇は立憲君主であり、思想信条に介入することはできず、良心の自由を侵すことはかえって教育勅語の精神に反する、と堂々と主張していた。
この事件は、言論の自由が保証された中でのあくまでも民間レベルの思想騒動だったのである。
現代日本でも広島の高等学校の卒業式で国旗掲揚をしようとした校長が教職員組合の圧力で、自殺に追い込まれた事件があったが、こちらの方がよほど非文明的ではないか。
つづく
返信
2件
No.213 匿名
13/07/31 16:52:00
>>211つづき
■3.信教の自由、言論の自由の尊重■
井上の思惑は成功した。
教育勅語発布の後、民間で様々な解説書が出されたが、そのなかには仏教やキリスト教の立場から のものもあった。
たとえば、正教会の石川喜三郎は著書「勅語正教解」の中でこう述べている。
みなこれ神造物主の深き神意に因らずんばあらざるなり。
神我国に万世一系の皇統を定めて、その万民に幸福せるは実(げ)にこれ世界無比なることがらにして亦神恩の高大なるを認めざるべからず。
すなわち、日本に万世一系の皇室が続いてきて、万民を幸福にしているという世界にも例のない事は、全知全能の神の深い 思し召しによるもので、神の恩寵だ、としている。
そして、その後では教育勅語の徳目を一つずつ、聖書の言葉を引用しながら説明し、これらを実践しない者はキリスト教徒ではない、とまで言っている。
大日本帝国憲法は第二十八条に「信教ノ自由ヲ有ス」と謳っていた。
そこで教育勅語は、こどもたちが将来、いずれの宗教を信ずることになろうとも、日本国民として備えて欲しい基本的徳目を説いたのである。
井上はまた教育勅語の公表の形式にも慎重な配慮をするよう主張した。
大日本帝国憲法は第二十九条において「言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス」と思想・言論の自由を認めている。
そこで教育勅語は国務上の文書ではなく、天皇の著述という形で公表された。
これなら国民の思想・言論の自由に干渉しない。
つづく
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2件
No.212 あ
13/07/31 16:51:36
>>211何でこんな難しいことを引用しているのですか?
誰がみてもわかりやすく要約出来ないんですか?
返信
1件
No.211 匿名
13/07/31 16:42:35
>>209つづき
■2.神話と特定の宗教色を避けた教育勅語■
「現人神」神話による国家主義の始めとされるのが、明治23(1890)年に公布された教育勅語である。
その書き出しはこうである。
朕惟(オモ)フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇(ハジ)ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ
(私(明治天皇)が思うに、皇室の祖先は遠大な理想のもとに国家を創建し、深厚な徳を樹立した。弊誌現代語訳)
教育勅語の発布まもなく、文部省は東大教授・井上哲治郎に、その解説書を執筆するよう依頼した。
井上が作成した草案では、この「皇祖」とは「天照大神」であり、「皇宗」は「神武天皇」であるとされていた。
これにクレームをつけたのが、教育勅語起草の中心者であった井上毅(こわし)であった。
井上は皇祖とは「神武天皇」であり、「皇宗」は、その後の歴代の天皇である、と修正を要求した。
我が国の建国は天照大神という神話的存在ではなく、あくまでも歴史的存在である神武天皇から説き始めるべきである、というのが井上の主張であった。
「教育勅語」の起草に関して、首相の山県有朋に書き送った手紙にこう述べている。
勅語ニハ敬天尊神等ノ語ヲ避ケザルベカラズ。何トナレバ此等ノ語ハ忽チ宗旨上ノ争端ヲ引キ起スノ種子トナルベシ
(勅語には、天を敬うだとか、神を尊ぶなどという特定の宗教用語を避けるべきだ。
なんとなれば、これらの語は、たちまち宗教的論争を引き起こす原因となるからである。)
「教育」は、儒教、神道、仏教、キリスト教など、様々な宗教の対立を引き起こしてはならない。
そう考えて、井上は宗教 用語を注意深く避け、我が国の成立を神話でなく、神武天皇以来の歴史から説き起こそうとしたのである。
つづく
返信
3件
No.210 匿名
13/07/31 16:38:37
あまりにも突然な…
返信
No.209 匿名
13/07/31 16:36:45
終戦記念日も近いので超長文。
国際派日本人養成講座
■国柄探訪■
「神話による国家主義」という神話「かつての日本では、天皇は神として礼拝されていた」というのは、事実だろうか?
H16.10.03
1.「天皇は神の末裔であると教え込まれ」
金正日はほとんど神格化されているとはいえ、まだ「将軍さま」「首領さま」であって、神様ではない。誰も彼を神様とは呼ばないし、礼拝もしない。
しかしかつての日本では、天皇は現人神とされ、神として礼拝されていたのである。
国民は、子どものときから、天皇は神の末裔であると教え込まれ、ことあるごとに儀式的礼拝が強制されていたから、ほとんどの国民はそう信じ込んでいた。
だから、あの戦争でも、多くの兵士が天皇陛下万歳を叫びながら天皇のために惜しげもなく命を捧げたのである。
イスラム教徒が、ジハード(聖戦)が宣せられると、この戦争でアラーのために戦って死、ねば天国に行けると信じて、平気で命を捨てるようなものである。
「知の巨人」とも呼ばれるジャーナリスト立花隆の「私の東大論」の中の一節だが、ちょっと待てよと、考え込んでしまった。
当時の日本は、世界最強の戦闘機・零戦や世界最大の戦艦・大和を作る科学技術力を持っていた。
アジアで最初の近代憲法を制定し、戦時下でもきちんと議会が開かれていた。
そんな近代的国民が、どうして一人の生きた人間を「神として礼拝」し、そのために「惜しげもなく命を捧げた」などという前近代的な事をしたというのだろう。
さいわい、このあたりの史実を丹念に調べた「『現人神』『国家神道』という幻想」という研究書がある。
この本を頼りに、事実を探ってみよう。
つづく
返信
2件
No.208 匿名
13/03/22 19:23:28
天皇はむかしは、人間じゃなかったから。神だったのよ。
返信
1件
No.207 匿名
13/03/22 18:59:25
>>205
教えて下さり、ありがとうございます。
いずれ、眞子さまのように海外へ留学してしまうかもしれないけど、将来のご活躍が楽しみですね。
返信
No.206 匿名
13/03/22 18:55:03
>>203全部読んだが所々間違いがあるし、まとめとして載せるのは違うと思うよ
返信
No.205 匿名
13/03/22 18:48:38
>>204
そうだよ。
教育学部だったと思う
返信
1件
No.204 匿名
13/03/22 18:47:31
佳子さま、学習院高等科ご卒業だったんですね。
進路聞き逃しました。
そのまま学習院大学でしょうか?
返信
1件
No.203 とりあえず
13/03/11 15:00:56
天皇について解説
>>195>>196>>197>>198
返信
1件
No.202 匿名
13/03/09 21:36:07
>>157
もう何度も観てるのに自然と涙が出た。
返信
No.201 匿名
13/03/09 21:14:49
>>191卑弥呼なんかじゃない
天照大御神
返信
No.200 匿名
13/03/09 20:54:11
>>198
ありがたそうな解説も、「いけれるように」で一気に残念になるね。
返信
No.199 匿名
13/03/09 19:14:44
長すぎて読む気失せた
返信
No.198 続き
13/03/09 18:55:06
>>197
こんなにありがたい話はありません。
だから、私達は、新年になり、夜が明けると、そうした天皇や、日本の神様たちに、感謝を捧げに神社に初詣(はつもうで)に行くのです。
ここで気をつけなければならないのが、初詣は、あくまで「初詣」であり、「初参拝」ではない、ということです。
参拝と異なり、詣るという言葉には、感謝を込めるという意味があります。
合格祈願や、病気快癒、あるいは結婚祈願などは、参拝であって、詣ではありません。
元旦早朝に、陛下が皆の弥栄と、皆が食べて行けれるようにとの五穀豊穣を、八百万の神々にご祈念してくださっている。
神々にもっとも近い人が、元旦日の出前に、あろうことか私達の弥栄を神々にご祈念してくださっているのです。
それに対して、知らん顔をするというのなら、それは人間のすることではないです。
陛下がそのようにしてくださっていることに対して、私達が、ありがとうございますと、感謝をしに行く。
それが初詣です。
明治維新は、武家によって起こされました。
世界の革命では、革命を起こした者が、その後の政治の中心、権力の中心者となっています。
ところが日本では、明治維新を起こした武家は、進んで武家の身分を返上して四民平等にしただけでなく、廃藩置県まで実施して、大名という制度まで解体してしまいました。
おかげで、薩長土肥のそれぞれのお殿様で、維新後内閣総理大臣になった人は、いままでのところ、誰もいません。
これは、世界の革命史では、考えられないことです。
なぜそのようなことが日本では、一滴の血も流さずに行われ得たのか。
その答えも、天皇と公民(皇民)という中にあります。
天皇のもと、すべての民は、天皇の民であり、政治権力者は、その天皇から民への治世権を委ねられた者、というのが、私たちの国、日本のカタチだからです。
だからこそ、私達は、常に「対等」であることを求めます。
以下略
返信
2件
No.197 続き
13/03/09 18:51:47
>>196
立場の違い、権限の違いなど、身分の差はあります。
けれどそれは世襲であれ、試験であれ、あくまでも「役割」の違いであって、人としてはお上も庶民も対等です。
よく、板前さんなどの職人さんが、この「俺は、これについてだけは、誰にも負けねえ!」と言いますが、その誰にもの中には、たとえ相手が将軍様であろうが、職人としての腕前にかけちゃあ、俺は負けはしねえという意識があります。
その根底にあるのは、人としては「対等」だという意識です。
日本人が、そのような「対等観」を持ち、また社会の中に奴隷という存在を持とうとしなかった、その原因こそ、天皇の民、公民(皇民)という意識です。
日本人である限り、誰もが対等な「人」である。
それは、天皇という存在と、私達公民(皇民)が、常にセットであるからに他なりません。
つまり、奴隷のいない社会、人として対等な日本社会というものは、天皇という存在があって、はじめて成り立っています。
ですから、天皇の存在を否定するということは、私達が公民(皇民)であるということも、否定することになるということになります。
公民(皇民)でないのなら、私達は、権力者によって支配され、隷属させられる「私民」となるからです。
1月1日の天皇の儀式というのは、その公民(皇民)とセットの存在である天皇が、元旦の、まだ夜が明ける前に、四方の神々をお招きし(四方拝)、その神々にご皇室と公民(公民)の弥栄をご祈念してくださっているわけです。
そしてその天皇は、わが国の最高神、天照大神の直系の血脈の上にあられる存在です。
つまり、天照大神にもっとも血縁関係上、お近い存在である天皇が、私達の弥栄を、まだ新年の世が明ける前に、ご祈念してくださっているわけです。
もっといえば、私達に、奴隷でなく、公民(皇民)という地位を与えてくださっている、その当の本人が、私達公民(皇民)の弥栄、幸せを、わざわざ神々をお招きした上で、ご祈念してくださっているわけです。
続く
返信
2件
No.196 続き
13/03/09 18:46:13
>>195
施政者は、天皇が任命します。
その施政者が扱うのは、天皇の民です。
ということは、日本における施政者は、支配者ではない、ということです。
天皇から委託を受けて、天皇の民たちの安寧をはかる人という位置づけになるからです。
このことは、逆に考えたらすぐにご理解いただけます。
天皇という存在がなければ、権力者は文字通り支配者です。
民を殺そうが、民から奪おうが勝手です。
なぜなら支配しているからです。
支配される側にとって、そこに私権など発生しません。
すべての権利を支配者が握っているからです。
欧米における絶対王朝、あるいは支那の皇帝、いずれもそうです。
皇帝は将軍や貴族を支配し、将軍や貴族は民を支配する。
支配された民たちは、こんどは外国に出て行って、植民地の人々を支配する。
そこにあるのは、ことごとく支配と隷従の関係です。
ところが日本では、権力者を支配者とは誰も思っていません。
会社の上司でも、あくまで一定の権限を与えられている人であって、支配者ではありません。
江戸時代や戦国時代でも、大名も武士も、あくまで、お上から権限を委ねられた者であって、支配者ではありません。
だからこそ、武家で家督を相続しなかった者は、農家でお百姓を喜んでやっているし、農家や商家の出で、家老職などにまで出世した者もたくさんいます。
続く
返信
2件
No.195 これに関して
13/03/09 18:43:48
>>153個人ブログなんだけど具体的な説明だったから参考までに転載。(長いです)
ねずさんのひとりごと
様の記事を転載
◇天皇と公民
先日、ある方とお話しているときに、元旦の陛下のお勤めについての話になりました。
元旦、陛下はまだ夜明け前から起き出され、「四方拝」、「歳旦祭」のあと、内閣総理大臣や国会両院議長、最高裁判所長官、外国大使などからのお年賀を、まさに分刻みで深夜まで執り行なわれます。
そのすさまじいスケジュールは、宮内庁のHPからもご確認いただくことができます。
で、彼は、その陛下のお忙しさに、我々国民が休んでいるときに、陛下は早朝からお勤めをされている。すごいねえ、というご感想だったわけです。
たしかにそれもそうです。
けれど大切なことは、もうすこし別なところにあります。
陛下は、元旦の日の出前の午前5時30分に、まず黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)と呼ばれる黄色の中に赤色を混ぜた束帯を着て、伊勢の神宮の皇大神宮・豊受大神宮の両宮に向かって拝礼した後、続いて四方の諸神を拝されます。
これが「四方拝」です。
続く歳旦祭(さいたんさい)は、やはり日の出前の午前5時30分から行われます。
ここでは、四方拝を済ませられた陛下が、皇統の繁栄、五穀豊穣、国民の加護を祈念されます。
そしてそのあと、祝賀及びお祝酒、元旦の御膳を召し上がられたあと、祝賀の儀として、各方面からのお年賀を次々とお受けになられるわけです。
このことを、もっとわかりやすく申上げると、天皇は、元旦、つまり年の初めの日の出(旦という字は、日の出を意味します)前に、まず、日本の最高神である天照御御神(アマテラスオオミカミ)、続けて四方の神様を、宮中にお招きされ(四方拝)、お招きした神々に、ご皇室と我々国民の弥栄(やさか)をご祈念されているわけです。
「ご皇室」と「我々国民」の弥栄です。
ここで忘れてはならないのは、我が国においては、天皇と国民は一体である、ということです。
だから「公民」と呼びます。
「公民(こうみん)」は、いまでは「公」と書きますが、もともとは「皇民(こうみん)」です。
つまり、私達国民というのは、天皇の民である、ということです。
そして(ここが一番大切なことなのですが)、日本において、古来、奴隷というものがなかったのは、私達一般の国民が、天皇の民、皇民、公民と規定されていたからなのです。続く
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No.194 いや
13/02/22 07:56:01
>>193
長男以外、天皇になられている方がたくさんいます。また、宮家から天皇になられた方もいます。
だから、男系が続かれたでしょう。
ひさひとさまが、天皇になられるのは当然です。
あいこさまが天皇になる必要性がない。
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No.193 ごめん
13/02/22 02:34:49
今まで長男の子供以外が天皇になったことはあるの?あいこさまは天皇になるの?ひさひとさまが天皇になったら歴史は終わるの?
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No.192 ああ
13/02/21 20:59:03
>>188
ヤフーの記事のレスですよ。奈良の古墳を調査するという内容の記事に対するレスが、調査したら朝鮮半島からきたという事実だから~という内容のコメントがありました。
私は信じてないけど、そう思ってるかたがおられるようなので、念のために質問したのです。
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No.191 あ
13/02/20 23:39:42
先祖は卑弥呼?
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No.190 ん
13/02/20 23:37:41
>>186
http://mamastar.jp/bbs/comment.do?topicId=2048762&sort=1
より
Q:女系は何がダメなの?
A:正確に言ったらY染色体。
Y染色体は代々、同じものを引き継ぐ。
あなたの旦那さんのY染色体はお祖父さんのY染色体と全く同じもの。
それを息子さんは旦那さんからと、代々天皇はこれを126代途絶えさす事なく存続させてきた。
男子が途絶えて旧皇族以外から婿を取っても、万世一系にはならない。
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No.189 匿名
13/02/20 23:24:30
李氏朝鮮時代に、宮家から女性が王朝に嫁いだ話なら知ってる。
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No.188 みなさん?
13/02/20 23:16:30
>>187どこのみなさん?
半島の人の遺伝子と天皇(日本人)の遺伝子は全く違うっていう、研究結果が出てるんだけど、どこのどの人がデマ言っちゃってるのかしら?かなり恥ずかしいレスなんだけど、自覚ないのかな?
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No.187 しつもん
13/02/20 22:21:45
天皇家のルーツです。
みなさん、朝鮮半島からきたと言ってるけど、当時は朝鮮という国はなかったから、半島からきたというのが正しいでしょう?
それとも、他にルーツがあるのでしょうか?
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No.186 匿名
12/10/11 16:55:15
>>181
もしも女性宮家が作られたら婿を取ることになるよね。そうすると血筋を男系で今まで貫いてきた歴史が途絶えてしまうから、結構大変なことになると思う。
血筋だけを重要視するなら女性宮家も良いのかもしれないけど、男系で築き上げてきたからこそ今現在の世界での天皇の地位が出来ている訳だからね。
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