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日本列島は、北海道・東北地方から本州、四国、九州へと、北東から南西の方向に長く伸びている。この方向は、日本の伝統的な方位思想でいう「鬼門」から「裏鬼門」へ向かう線とほぼ重なっている。鬼門とは北東の方角、裏鬼門とはその反対側に当たる南西の方角であり、古来、災いや邪気が出入りしやすい方向として恐れられてきた。家を建てるとき、北東や南西に玄関、門、台所、便所などを設けることを避けてきたのも、この鬼門思想によるものである。
この見方を日本列島全体に当てはめると、日本は鬼門と裏鬼門を結ぶ一本の大きな通り道の上に横たわっているように見える。しかも、その線上には北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州という主要地域が連なっている。つまり、日本列島そのものが、鬼門から入った不安定な力を裏鬼門へ通す細長い地形になっている、と解釈することもできる。
日本では昔から、地震、津波、火山噴火、台風、洪水、土砂崩れ、豪雪など、多種多様な災害が繰り返されてきた。東日本大震災、関東大震災、阪神・淡路大震災、熊本地震、能登半島地震など、大きな被害をもたらした地震も少なくない。さらに、日本には富士山をはじめとする多くの活火山があり、毎年のように台風や集中豪雨の被害も発生している。こうした災害の多さを見ると、「日本列島が鬼門から裏鬼門へ長く伸びているため、災いが集まりやすいのではないか」と考えたくなる。
京都では、都の北東にある比叡山が鬼門を守る存在とされ、延暦寺が置かれた。江戸でも、江戸城の北東に寛永寺、南西に増上寺を配置し、鬼門と裏鬼門を守らせたという説がある。このように、昔の人々は鬼門を単なる迷信として片づけず、都市や建物を造るうえで重要な方角として扱ってきた。日本列島の形と災害の多さを鬼門思想によって説明する考え方も、こうした歴史的な世界観の延長にある。
昔の人は、長い経験から特定の方向や土地に災いが起こりやすいことを感じ取っていた可能性がある。鬼門という考え方は、その経験を方位の言葉で表したものだったのかもしれない。日本が鬼門から裏鬼門へ伸びていることと災害の多さに科学的な因果関係が証明されているわけではないが、伝統的な方位思想から見れば、日本列島は災害を受けやすい特別な形をした国土だと考えることができる。
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*コメント欄のパトロールでYahoo!ニュースのAIを使用しています
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No.3 水ようかん
26/08/23 16:18:29
>>2
月刊ムーとかならちゃんと相手してくれるんじゃない?
あれはオカルト情報誌だから趣旨も合ってそう
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No.2 夏野菜が余る
26/08/23 16:15:46
なかなかしっかり構成した持論をお持ちのようですが
(勿論、半分も読んでいませんw)
それを発表する場がママスタしかないとは、お気の毒としか言い様がありませんね
きちんと論文として出せる当てが無かったんですかね笑
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1件
No.1 炭酸が増える
26/08/23 13:28:00
かつての支配者たちは、まさにその「鬼門線」を強く意識して都市を設計しました。
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