【本当にあった泣ける話】

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ママ達の声投稿されたコメントを掲載しています

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1件~50件 (全 584件) 前の50件 | 次の50件
    • 1
    • 真愛
    • KDDI-SA31
    • 05/08/01 19:33:08

    50才という若さでこの世を去った父。友人の借金の保証人になったばかりに多額の借金を押し付けられ、五年間苦しみ続けた後、自分で命を絶ちました。

    当時私は15才。父と母はその借金が原因で離婚していて、父とは一緒に暮らしてはいませんでした。私は非行に走っていて、学校へもろくに通っていませんでした。そんな私のただのワガママさえも、俺のせいだと思い込み、悩んだまま父は…。

    山で発見された父の財布には、50円しか入っていませんでした。亡くなるまで私はもちろん母も知らなかったんですが、そんな苦しい生活の中でも、私の学資保険だけは解約せずにずっと払い続けていてくれていました。

    そして50円しか入っていない財布の中には、黒い綺麗な石ころが入っていました。私が幼い頃に宝物だと大切にしていた石ころでした。そんなもの、私ですら忘れていたのに、父はず~っと大切に持っていてくれたんです…。

    そして、私の幼い頃に掲載された、新聞の私の写真も一枚入っていました。

    50円しかない財布の中には、私との思い出ばかりが入っていました。

    その時やっと、父の愛を感じたんです。今までだってたくさんくれていたはずなのに、父が亡くなった後にやっと…

    でももう遅すぎました。私は幼い頃とかわらず、父がだいすきなのに…父は私に嫌われていると思ったまま…。

    ごめんね。そんなに悩んでいたのに、気付いてあげられず、助けてあげられず、なにもしてあげられなくて…。

    ごめんね。私が変な道に走ってしまった為に、追い詰めてしまってごめんなさい。

    それなのにこんな私に、たくさんの愛を…

    ありがとう


    ありがとう


    本当に

    ごめんなさい…

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    • 2
    • 大*根
    • KDDI-HI32
    • 05/08/01 21:07:33

    泣いちゃった…。

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    • 05/08/01 21:28:34

    号泣だよ…

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    • 4
    • ヾ(・・;
    • KDDI-KC32
    • 05/08/01 21:30:39

    涙が・・・・

    • 0
    • 05/08/01 21:31:39

    ・某サイトから・

    『綺麗だろ?出会った時からずっと綺麗だと思ってた。本当に綺麗…』


    棺に横たわる母の前で、父が私に言った言葉。

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    • 6
    • あるぞ~
    • KDDI-SN31
    • 05/08/01 21:34:44

    財布落とした。中身は⑩万入ってた…。マジ泣けてきた

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    • 7
    • 亜恋
    • N900i
    • 05/08/01 21:45:27

    私も泣いちゃったよ

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    • 8
    • 私の話
    • N900i
    • 05/08/01 21:58:15

    妊娠してから、やたらばぁちゃんがうるさかった。
    「腹巻してるのか?」
    「重いもの持つな!」
    「買い物はばぁちゃんするから家でまっとけ!」
    「草むしりなんかするな!」「靴下はけ!」
    「野菜くえ!ほらばぁちゃんの分もくえ!」
    って本当にうんざりだった。
    でも、新居が決まりばぁちゃん家から引っ越す前の晩、ばぁちゃんが昔流産した事を聞いた。
    自分の娘(私の母や伯母)には言ってないらしい。
    そんな辛い思いしてほしくないから、頼むから無理しないでほしいって言われた時、ばぁちゃんをうざいと思った自分に腹が立って涙がでた。
    ばぁちゃん、ありがとう。

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    • 9
    • 真愛
    • KDDI-SA31
    • 05/08/01 22:05:50

    他のみなさんのお話も泣ける…

    まだまだお願いします!

    • 0
    • 05/08/01 22:17:29

    真愛さんのどっかで聞いた事ある。別のトピにも書いたかな?

    前読んだ時も号泣でしたが今回もまた号泣した(;_;)
    まだまだ聞きたいのであげ&#x{11:F99A};

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    • 05/08/01 22:21:33

    あサンの話しを自分の親に置き換えて想像したら悲しくなった(π_π)

    • 0
    • 05/08/01 22:28:18

    友達M君の話し。

    M君には2つ上のお姉さんがいて、お姉さんは元々病弱だったけれどそれに屈せずに勉強や部活を頑張っていました。

    お姉さんが高校2年の時に急性白血病を患い、闘病生活が始まりました。お姉さんは退院したらまた学校に行きたい、みんなに会いたい!という気持ちで辛い闘病生活でも決して弱音は吐きませんでした。

    でも、元が病弱な上に急性の病気は進行が早い。体が若ければ若いほど…

    夏も後少しで終わると言う時期に、お姉さんはとうとう昏睡状態に陥ってしまいました。医者がこの状態が続くのなら安楽死を、と家族に勧めましたがM君もM君の両親もそれを拒否しました。ここまでお姉さんは頑張ったんだ、最期まで戦い抜いて欲しかったとの思いから…

    真夜中になり状態はますます悪化していき、もうダメかと思ったらM君のお母さんがいきなり「そういえばこういう話しを聞いた事があるの。昔から夜中に死んだ人間は周りが暗くて道が見えないから冥土に行けないって言うんだって…N(お姉さん)もそうなっちゃうのかしらね…」
    それを聞いたM君が、お姉さんの呼吸が途切れそうになるとお姉さんの手を握り「姉ちゃん!まだ寝るな!姉ちゃん!寝ちゃダメだぞ!」とお姉さんを励まし続けました。その度にお姉さんは思い出した様に呼吸を取り戻していたそうです。昏睡状態の中でもお姉さんにはM君の声が聞こえていたのでしょう…

    医者は、お姉さんはこの夜を越えられないと言っていましたが、お姉さんは朝日が差して来る頃に静かに息を引き取りました。M君は泣きながらお姉さんに「姉ちゃん、よく頑張ったな。これで迷子になる事はないぞ!」と…

    火葬の日にM君のお母さんはお姉さんの為にと貯金していた結婚資金で白無垢を購入し、棺の中に一緒に入れてあげたそうです。‘この子は死んだのではなく、二度と帰れない所にお嫁に出したと思っておくの。白無垢は娘にとって1番高くて1番最後親がしてあげられるプレゼントだから。の向こうで幸せになりなさいね’と…


    人間の幸せは生きた年数でしょうか?短い人生は不幸なのでしょうか?
    私はそうは思いません。自分の死に際に手を握ってくれる人がいた、泣いて別れを惜しんでくれた人がいた…それだけで充分幸せなのではないでしょうか?若くして亡くなったNさん、天国でどうかお幸せに…

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    • さんまパイさんの話
    • KDDI-TS31
    • 05/08/01 22:34:06

    泣いてしまった…(;_;)私は昔から死ぬ事がものすごく怖い。時々夜泣いてしまう事もある。…そういう風に死を受け入れる事がいつかできるかなぁ??トピずれスマソ。

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    • 真愛
    • KDDI-SA31
    • 05/08/01 23:00:02

    私に二人目ができました。検査薬で陽性が出た瞬間から、毎日おなかに話しかけていました。『おはよう』から始まり『早く会いたいよぉ~』など。。名前はさっそく旦那と二人で考え、永遠(とわ)と名付けていつも呼んでいました。


    病院へ初検診に行った日、赤ちゃんはエコーに写りませんでした。

    私は、次に来た時には必ず写ると、何故か変な安心感がありました。

    次の検診日、赤ちゃんは写りませんでした。その次も、いつまで経っても、赤ちゃんは写りませんでした。

    子宮外妊娠でした。


    おなかを少し切り、内視鏡で赤ちゃんを取り除く手術をすることになりました。それでも尚、私にはまだ『これは何かの間違いなんだ。』と変な安心感があり、特に感情はありませんでした。

    手術台に寝かされ、麻酔で記憶がなくなりました。目が覚めると、旦那と上の子が隣にいました。私はまだ、状況をイマイチつかめずにいました。

    その手術では、どこにいるのか解らない赤ちゃんは取り除けず、抗がん剤での治療をすることになりました。

    抗がん剤の副作用はかなり辛く、吐気でほとんど食べられなくなりました。その時にやっと、私は理解できました。私は赤ちゃんを殺そうとしているということ。赤ちゃんはきっと、生きたいと思う気持ちを、この吐気で伝えているんだということを。

    でも、子宮外妊娠では他に成す術もなく、治療は続けていきました。一週間程かけて、抗がん剤を投与していきました。毎日一人で泣きました。ごめんね、ごめんね、ごめんね…と何度も繰り返しながら、泣ていました。

    治療は終わり、赤ちゃんは旅立ちました。2年前の夏でした。



    産んであげられなくてごめんね。一度もダッコしてあげられなくてごめんね。一度もおっぱい、あげられなくてごめんね…

    本当にごめんなさい。

    私はあの頃、あなたがまた私のおなかに帰ってきてくれるということを信じていました。そう信じることで、自分を救っていました。
    あれから2年経った今、二人目が産まれたよ。それがあなたなのか、そうではないのか…それは私には解らないけれど。でも私はあなたのことは忘れないから。ずっとずっと忘れないから。

    あなたに名付けた『永遠』という名のように。あなたへの愛は永遠だから…。


    永遠、あなたと過ごした二ヶ月間、私は本当に幸せでした。

    ありがとう。
    私のおなかに来てくれて、本当に本当に…


    ありがとう。


    永遠、大好きだよ!

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    • 15
    • 自分の
    • P901i
    • 05/08/01 23:01:08

    話で、恐縮ですが
    前の旦那とは結婚式直前に義両親の急な反対にあい、駈け落ちしました。今となっては若気の至りなんですが…やっと生活が落ち着いて一緒に居られるだけで本当に幸せでした。でも幸せは続きませんでした。
    夜、急にあの人が手を握り言いました
    「ちゃんと繋いでいないと離れちゃうぞ」
    いきなり言われて
    「はぁ?何いってんの?」って感じでしたが、それがあの人の最後の言葉でした。時間帯の違う仕事をしていたため、私が起きる頃にはあの人は仕事に行ってしまって居ませんでした。携帯の留守電には事故死の連絡が入っていました。今考えるとあの人は自分の最後がなんとなく分かっていて、あんな事を言ったのかなぁと思います。私は今でもあの人としっかり手を繋いで生きているつもりです。

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    • ポメラニアン
    • N700i
    • 05/08/01 23:05:54

    まだ私が学生の時にポメラニアンでチビという名前の犬を飼っていました。とても狂暴で、甘えん坊の犬でした。                     いつも母と寝て、昼間は父の仕事部屋でお昼寝。家族が喧嘩したり、私が叱られると必ず膝のうえにのり、涙をなめてくれました。いつもは母と寝ているのに、そんな日は必ず私のそばで寝てくれました。いて当たり前だった。そんなちびも10歳になった頃、心臓病になってしまい、胸をついて寝るのも痛くて、発作があるとおしっこをもらしながらいたがっていました。家族はチビが死んでしまう事を受け入れられずにいました。医者にも明日を迎えられるか分からないといわれてから、私たち家族のそばから離れずずっと生きていました。発作に耐えながら。                       一ヵ月ぐらいたった夜。チビは大好きな母の枕元に座って、涙をポロポロながしながら、父と私の顔を見ていました。その姿に私は泣きながら、「もう、頑張らなくてもいいから。ありがとう」と言うと、ヨタヨタ歩いてチビは父、私の顔を舐めにきました。その後胸をついて寝る事ができなかったのに、母の枕元で、元気だった頃みたいにいびきをかいて寝はじめした。そのまま目をあける事はありませんでした。犬は飼い主が頑張れというと頑張ってしまうらしいのです。だからチビは辛いのに、頑張ってくれました。ごめんね。たくさんの優しさありがとう。今も実家には、母の枕元、父の仕事部屋にチビの写真が飾られています

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    • 真愛
    • KDDI-SA31
    • 05/08/01 23:14:27

    エミさんへ★見たことありますか!??他トピで書いたっけか…?前に他サイト(日記のサイト)で日記を書いていて、そこにはこと細かに書いていました。それではないかな??違うかな!??ん~…気になります(>_<)

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    • うん
    • KDDI-KC32
    • 05/08/01 23:27:17

    主さん別のトピで書いたよ。私もそのトピに書いたし、私も主さんと似たとこがあったから覚えてる。

    • 0
    • 05/08/01 23:38:24

    コピペです。

    『最後の晩餐』
    ちょっと泣けた夜だったんで書いてみます。
    今日は結婚記念日でカミさんと外食した。
    レストランはそこそこに混んでいてガヤガヤうるさかった。 特に隣の家族がうるさくって、カミさんとちょっと顔を見合わせて苦笑いをしたぐらいだった。
    父親が子供にいろいろ質問しては笑い、っていうのがえんえん続いてこっちもうんざりしてた。 しかも、その父親がやたらと大きく咳き込むので実際鬱陶しかった。
    しばらくすると、ウチのカミさんがその家族の父親を見て、「ちょっとあのお父さん見て」と 言うので、見つめるのも失礼なので向いの鏡越しに彼の後姿をみてみた。
    咳き込むたびに ハンカチを口に当てていて、それをポケットにしまうのが見えた。ハンカチは血だらけだった。 咳き込んだあとは赤ワインを口に含んで子供たちにばれないよう大声で笑いごまかしていた。
    向いに座っていた彼の奥さんは笑っていたが、今にも泣きそうな顔をしていた。奥さんはどうやら事情を知っているみたいだった。その父親が何らかの重い病気なのは明らかだった。うちのカミさんはちょっともらい涙していた。
    帰りに俺は無神経にも「今日はなんか暗い結婚記念日になっちゃったな。台無しだよな」とカミさんにいった。
    カミさんはちょっと沈黙を置いて、「かっこよかったじゃんあのお父さん。ああいうお父さんになってね」って涙声で俺に言った。俺もちょっと泣いた。

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    • 20
    • 泣けた
    • P900i
    • 05/08/01 23:59:49

    あげ・゜(つД`)゜・。

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    • 真愛
    • KDDI-SA31
    • 05/08/02 00:10:52

    うんさん★うんさんもここで見たんですね!なんとなく思い出したような気もするんですが… 相談カテの方の、なんか『死』についてのトピでしたよね!?あの時はたぶんここまで詳しくは書いてなかったと思いますし、かなり前だったと思うんですが、覚えていて下さってありがとうございます(*´∀`)

    みなさんのお話を読んでいたら涙が…(>_<。) こういうお話を聞くと、親や子や旦那などを大切にしなきゃ!と改めて感じることができますよね。みなさんありがとうございますm(┳_┳)m

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    • 天に召された
    • KDDI-SA32
    • 05/08/02 00:12:57

    ママさんがいました。
    丁度2年前の夏でした。
    急性白血病…。彼女は病気と懸命に戦い、ドナーをみつけ、手術は成功されたと思われましたが体が受け入れることができず…。
    彼女は、残された時間を家族と共に過ごすと決断したのです。

    彼女には娘さんがいました。
    もうすぐ1才の誕生日…。
    お祝いしてあげたい。彼女の気持は天に通じ、 かけがえのない娘さんの1才の誕生日を祝うことができました。
    その数日後、彼女は天に召されたのです。

    娘さんを残して逝ってしまうことを、彼女はとても苦しんだそうです。どんなに辛いことか……。

    召される数日前に、おもちゃ屋へ行きたいと彼女は旦那さんに言い、ありったけのおもちゃを購入し、[これは〇才になってから]などとメモを残して押し入れにしまい込んだらしいです。

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    • おばあちゃん
    • KDDI-HI31
    • 05/08/02 00:31:45

    【私のおばあちゃん】
    小さなころから両親は仕事が夜勤があり私はほとんどおばあちゃんの家で寝起きしてました、おばあちゃんには子どもが11人もいて、戦争を体験してるのでおじいちゃんとは再婚でした。おばあちゃんもおじいちゃんも貧乏生活で子どもを育ててきて文句一ついうことないひとで 私がわがままいってもいつもなにがあっても私のわがままに付き合ってくれてました。私が中学生になりおばあちゃんの小さな体はもっと小さくみえてきました時々遊びでおんぶしてあげ、「すごいでしょおばあちゃんが腰痛いときはおんぶしてあげるから」といってました。
    私が高校生になりあまり近くにすんでるのにおばあちゃんにも顔ださなくなって 会うことも少なくなって、おこずかいが欲しい時だけおばあちゃんにあいにいってました。ある朝おばあちゃんが入院したことを聞きお見舞いにいくと、元気そうに歌を歌ってました。 3日後おばあちゃんは風邪をうつされ肺炎になり何度か病院をうつり
    先生に言われた言葉は 「おばあちゃんは心臓が弱くもう病気と闘う強さはなくあと2ヶ月くらいの命」それを聞いて今までのおばあちゃんとの思い出が沢山沢山あたまによぎり、お母さんがわりだったおばあちゃんには何一つ恩返ししてないと…イヤダおばあちゃん死んだらイヤダ
    学校が終わるとぼけていくおばあちゃんを毎日毎日みにきました。そこにはいやな看護婦がいて おばあちゃんは寝たきりになってしまったのに いやがるおばあちゃんを無理やり起こしてトイレにいかそうとしたり、 すごくかわいそうで、苦しむおばあちゃんを見ては涙を流してました。 泣いてることがばれないよう下をむいてると おばあちゃんはきずいたのでしょう…高校生の私に「結婚するひとは見た目より中身だからね」
    「どんだけカッコよくても〇〇ちゃんを幸せにできない心の汚いひとは絶対にだめだ」
    私は涙をかみしめた
    おばあちゃんはもう死ぬってきずいたんだ…
    夜中は親がつきそい人工酸素の痛みにくるしんでるおばあちゃんを見守り 私は春休み毎日おばあちゃんに付き添い おばあちゃんは胸の痛みで酸素を外したりするので かたい紐で手足をベッドに縛り付けられカギがついてるパジャマを着せられてました みていると耐えられなくなり私がそばにいるときはいつも紐を外してました
    外した手を握りしめているとおばあちゃんは時々痛みで叫び大好きな私の手をものすごい力で爪でつねります 私は泣きながら我慢し心

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    • おばあちゃん
    • KDDI-HI31
    • 05/08/02 00:48:12

    つづき→
    の中身で「神様お願いおばあちゃんを助けて」 おばあちゃんがねるまで毎日叫びました
    試験の日おばあちゃんの学校帰りにおばあちゃんの所にいくとおばあちゃんの心臓が停止し、先生が人口呼吸してました 親戚のおじさんが おばあちゃんをこのまま楽にしてやってと先生にいっているのを聞き私は泣き叫び 「おばあちゃんを殺さないで」
    おばあちゃんが苦しむ姿を毎日みてきしたでも おばあちゃんとはなれたくなかった
    おばあちゃんは一命を取り戻し、そのあと私は試験のため2日間病院にいきませんでした。試験が終わり家にかえるとそこにおばあちゃんがいました。真っ白なしわくちゃなおばあちゃんは冷たくかたくなり箱に寝ていました。私は毎日毎日泣きなんで病院にいかなかったか…自分をせめました。泣きつかれテレビの部屋で眠っていると ドアをあけおばあちゃんが歩いてきた!私は全くこわくなんかなかった だって大好きだったおばあちゃんだもん。おばあちゃんは寝てる私をみてどこかに消えました。
    おばあちゃんにいまでもあいたい おわり

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    • やばい…
    • KDDI-TS31
    • 05/08/02 00:51:38

    ママの話、めちゃくちゃ泣いた(;_;)

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    • 同機種
    • N700i
    • 05/08/02 00:58:41

    のポメラニアンかなり号泣!

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    • どれも
    • KDDI-SN31
    • 05/08/02 01:03:52

    号泣…。
    おばあちゃんの話は私と重なるとこもあり読むのが辛かったよ(T-T)
    ポメラニアンは…涙が溢れまくりです…。
    今もペットを飼ってますが過去に旅立った子達を思い出しました(T-T)
    どれも辛いけど 良い話ですね(^-^)

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    • 28
    • ミート
    • N900iS
    • 05/08/02 01:14:41

    私が小学五年のとき。
    うちの庭にちょくちょく顔を出すのら猫がいました。毎日のようにきてました。とてもなつっこくて、あまりの可愛さに飼うことになりその日から家族同然!みんなで可愛がりました。
    おでぶだったから名前はミート。ミートはうちの家族みんなになつっこいまるで人間みたいな猫でした。
    が、ある日の朝突然!ミートが交通事故にあってしまい、頭をうっていて、痛みに耐えて泣き叫び、だんだん体がみるみる冷たくなっていくのです。死なないで!ミート!みんなで一生懸命声をかけ、ミートは弱ったその体で反応してくれてました。そのとき兄だけがまだ起きてなくて、ミートは兄の起床を待っていたかのように足が起きてきてみんなにニコッと笑ったような顔を家族にみせ、家族みんなに囲まれて静かに息を引き取りました。
    最後にみんなの顔がみたかったんだね‥ミート。
    忘れられません。

    • 0
    • 05/08/02 01:29:37

    私も犬のハナシを。
    私の家の犬もチビといいました。柴犬です。
    チビは私が親に泣きながら買ってもらった愛犬でした。
    飼い始めて10年目チビは目の癌に侵されていました。
    当時私は彼氏と同棲中で家にはほとんど帰っていませんでした。
    目の癌で長くはもたないと言われていたのに会いにいきませんでした。
    ふと実家に帰ろうと思って夜帰りました。 
    チビは庭で飼っていたのでもう暗いし明日会えばいいと思ってその日は親と喋ったあと眠りにつきました。
    朝目が覚めて1階におりると母が泣いていました。
    その腕には動かなくなったチビがいました。
    ほんとに私が1階におりる間に逝ってしまいました。
    容体が安定していたハズなのに。突然の死でした。
    もう後5分でも早く目が覚めていたら…
    身近な者の初めての死でした。
    火葬されて骨だけになったチビを見て後悔が襲ってきました。
    なんで昨日の晩会わなかったんだろう。
    涙がとまりませんでした。
    チビがとても苦しんでいたことをその日初めて知りました。
    母が言いました。「きっとチビには昨日の夜あんたの声が聞こえてたんだよ。だから今まで頑張ってきたけど安心して眠れたんだよ。」最後に抱き締めてあげたかった。
    チビの骨は癌に侵されて目の部分は全く残らず焼けてしまっていました。
    つらいときに一緒にいてあげられなくて本当にごめんね。
    今チビは実家の庭に眠っています。
    チビとの思い出は今でも鮮やかに心に残っています。
    2年前の夏の暑い日のハナシです。

    • 0
    • 05/08/02 01:47:44

    どれも泣ける(;_;)布団の中で涙しました&#x{11:F9D3};

    • 0
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    • ゆみ
    • KDDI-TS28
    • 05/08/02 01:49:03

    16才の時、中学時代に仲良しだった子が交通事故で亡くなってしまいました。中3の時「20才になった自分へ」ハガキを書いていて、それを成人式の日に担任の先生宅へ取りに行き、帰りに亡くなった友達の家に寄り、お線香をあげ、仏前にハガキを置き帰ってきました。その日の夜、夢に亡くなった友達が出て来て、なんと「由美ちゃん、ハガキありがとう」って言ってくれたんです。すごくびっくりしましたが怖いとかの感情は私自身にはありませんでした。でも、毎年その子の命日にはみんな集まってお父さんとお話したりしてたんですが、その年の命日にはなぜかこの事は言えず、2年位経ってから、実は…という感じで言ってみました。お父さん、「そんな事もあるんだね…」って泣いてました。亡くなってから御両親の夢にはほとんど出てこないそうです。…トピズレたかもしれませんね、すみません。

    • 0
    • 05/08/02 01:49:33

    6年前…17才の時の話です。
    当時付き合っていたAは1コ下で中学から一緒。私が16、Aが15の時も付き合っていて、でもその時は私の勝手な理由で1年くらいで別れてしまったんです。そして私が17になってからバッタリ再会し、なつかしさと、お互い未練がある感じで話し込んでるうちにまた付き合おうという事に。二人とも高校は行ってなくてバイト。お互いのバイトが終わったら毎日Aが単車で迎えに来てくれて朝まで一緒にいた。Aの親は離婚していて中学ん時からかなり荒れてたA。よく『俺は普通に家族みんなでご飯食べたり遊びに行ったり、本当ごく普通でいいからあったかい家庭がつくりたい、んでお前がずっと横にいてくれたらいいなぁ~』って言ってた。私達は若いながらも真剣に一緒になる為にお金をためはじめ一緒に住む事にした。その次の日の夜、私は新しい部屋で待ってた。Aから夜の8時位に今から行くね!と電話。まってるね!と私。その20分後位にまた電話。何だろうと思ったらAの友達。『○○ちゃん?俺△△やけど!Aが、Aが事故って、今救急車で運ばれた!○○ちゃんも急いで来て!』信じられなくて、まさか自分の彼氏が事故るなんて考えてもなくて、、訳の分からないままタクシーで病院にむかい、でもその時はまだ『怪我はひどいのかな…大丈夫かな、手術なのかな…入院長引くなら毎日つきそわなきゃ』って涙しながらも冷静に考えてた自分いて…。病院についたらAの仲間がいっぱいいて、後から後から集まってくる。すごい皆に親しまれててリーダー的存在で、無敵って感じのA、皆信じてたよ…1時間くらいかな、皆祈ってた…。それからAのお父さんが治療室?から出てきて私達に言ったの、『皆あつまってくれてありがとうな。でも…A…今息ひきとった…』言葉の途中で泣きながらおじさんが言って、私信じられなくて、立てなくて、涙でまわり見えなくて、Aの名前呼び続けて‥自分の彼氏が死ぬなんて、まさか私が経験する事になるなんて、信じたくなくて‥だって20分前に電話で話したよ、私は入院したAの看病をする事しか考えてなかったよ。もう先が見えなくて…霊安室で横になってるA見てもまだ眠ってるだけみたいでさぁ、死ってなんなのか、どーゆう事なのか分かってたつもりなのに、全然わからなくなって、、もう後は泣くしかできなかった…病院の帰りにね携帯の留守電(Aがいれたやつ)保護してあったの思い出してまた聞いた。。『何で電話にでんのや~おーい!・・・電話にでんわぁ・・・ぶはっ笑』ってAの声。喋ってるじゃん、笑ってるじゃん、くだらない駄洒落がかわいくてたまたま残してた留守電が…もう唯一のAの声…この留守電しかAの声が聞けない…もうすごいつらかった、悲しかった。。それからの私はAの後を追う事しか考えてなくて…でもそしたら自分の親が悲しむ、冷静に分かってるけど、でも本当に毎日悲しくてつらくて、泣いてるばかり、何もできない。二人で頑張ろうと決めた矢先…しかもAと再会して1ヵ月目…すごい毎日がラブラブで楽しくてこれからって時だったのに、って…。それからAの49日の日、Aの事思いながら眠って、そのままAのところにいこうと決めて睡眠薬を大量に飲んでしまいました。ぼわぁ~と薄れてく中、一瞬あぁやっと会えるーと思いながら寝たのかな、夢をみました。【Aといつもみたいに単車で二人乗りして、で私か聞いたの。「A~事故ったんちゃうの?!大丈夫だったん?」「うん~」「そっかぁ~良かった~(TдT)もうすごい淋しかったよ、会いたかったよ~、ねぇ私の事すき~?どう思ってるん~?」そしたらなんか場面が変わって、あたり一面白いモヤみたいな‥そしてAは「俺はお前の事が大好きだったよ、俺お前とやっていこう!って真剣に思ってたよ!……俺もう行かなきゃいけないから…あ~向こうで友達できるかなぁ?笑」って…、私は泣きながら「Aならできるよっありがとうありがとう私も大好きだよA、A!」Aの名前を呼び続ける中彼は誰かにつれていかれました。。。そこで目が覚めました。私は病院でした。それから私は変わりました。その夢?のおかげで、Aの言葉を胸に頑張らなきゃって思えるようになって。夢なのか、そうじゃないのか、私にはただの夢とは思えず‥後日Aの親友にこの事を話すと「俺もその日夢にA出てきてさ!今から俺こっちの世界の警察いかなあかんげ~とかぼやいてた!」と。Aは生前わるさをして警察に追われてたんです&#x{11:F9AC};「だからかなぁ‥。。。でも本当っぽいよね、、てかどっちも本当だよ」とAの友人と話してました。携帯の留守電のAの声も、携帯がこわれたりして聞けなくなると嫌だったのでカセットテープに録音しました。Aのお母さんとお父さんにも渡しました。過去、つらい時Aのその声を聞いては乗り越え、まわりの友達にも支えられ今があります。今、私は1児の母となり、子を亡くす悲しみ、辛さは計り知れないものだと我が子を見るたび実感しAのご両親や全国で子供や大切な人を亡くされたかたの気持ちを考えたらいたたまれません。何故こうゆう死があるのでしょうね、世の中には何不自由ないのに簡単に死にたい②と言う人もたくさんいるのに、何故この人が!って事ありますよね。。それでもやっぱりAにとってはあの時逝く事に何か意味があったのか…今生きてる人も皆ちゃんと意味があるからまだ生きてる。。つらくても意味があるんでしょうね…。すごい長文で本当にごめんなさい(>_<)書いてる途中でも泣いてしまいましたッッ!クローゼットの中には今もAの声が入ったテープがあります。

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    • かなり
    • SH900i
    • 05/08/02 03:19:28

    号泣してヤバイです&#x{11:F9AB};全て泣けます…。あたしも、小学生の頃におじぃちゃんを亡くしています。お酒飲むのが好きで‥いつもばぁちゃんに何も言えないから飲んだら誰に対しても暴言吐いたり暴れてました…。でも、あたしが行くとニコッと笑顔でいつも接してくれてました。だから、あたしもおじぃちゃんっ子でした。ある年、おじぃちゃんも飲み過ぎで肝臓を悪くし、座敷で寝たっきりになってしまいました。でも、友達と遊ぶ楽しさを知ったあたしは会いに行きませんでした。ある日、友達と「ばぁちゃん家でお菓子作ろう」と言う話になり、ばぁちゃん家に行ってみたらばぁちゃんは

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    • 05/08/02 03:29:44

    いなくって、座敷に寝たっきりのじぃちゃんしかいませんでした。座敷に向かいじぃちゃんに了解を取ろうと思いました。でも、寝たっきりだったから部屋の戸を開けないまま、じぃちゃんに聞きました。「お菓子作っていいー?」と。そしたら「だめじゃー!そんなもん作らんでいい!」と怒られてしまいました。生まれて初めて怒った口調であたしに接したおじぃちゃんだったからショックで隠れて泣きました。そして、その数日後、あたしは部活をしていたのですが忘れ物をしてしまい、お母さんに持ってきてもらおうと思いました。何故か、学校の公衆電話からではなく、学校近くの

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    • 05/08/02 03:36:51

    ばぁちゃん家から、お母さんに電話しようと思い…すぐそばにある公衆電話ではなく、ばぁちゃん家に走りました。息を切らしたながら走りました。やっと、ばぁちゃん家に着いたと思い玄関を開けてみると、お父さんが正座して、いつもと違う表情でいました。親戚の声もしたから皆いるんだとすぐ気付きました。だから、「お母さんおる?」と聞くと「じぃちゃん亡くなったで」と、ばぁちゃんが口にしました。ショックでした。すぐ、ばぁちゃんから、じぃちゃんの顔を見てあげよと言わればぁちゃんから見せられました。酔った時のいつもの顔で寝ているようでした。でもわけわからない

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    • 05/08/02 03:44:08

    から、涙も出ませんでした。その日に棺桶に入れ‥皆はじぃちゃんの安らかに眠る顔を時々見てあげていましたが、あたしは次の日の葬式の花を入れてあげる時までじぃちゃんの顔を見ませんでした。花を入れてあげる時に棺桶の蓋を開けたらじぃちゃんは涙を流していました…。あたしは号泣しました。何で死んだんだろう‥何であの時、怒らせるようなコトを言ったんだろう…。何で、何でと…。本当にじぃちゃんはいい人でした。最後の言葉は説教だったけど‥あたしはそれも一つの思い出として胸にしまっています。本当にじぃちゃんありがとう。

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    • 05/08/02 08:42:19

    涙 涙。。 あげます!

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    • 05/08/02 09:15:09

    朝から号泣

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    • 05/08/02 09:29:09

    4ヶ月前弟みたいに可愛がっていた子が事故で20才という若さで亡くなりました。4日間意識不明の重体が続き毎日泣きながら「〇〇を助けて」とお願いしてました。亡くなった日の夜8時半過ぎいつものように子供達を寝かせるのに布団に入ると2才3ヶ月だった息子がいきなり窓の方を見て「あー!あー!」と言い出し3ヶ月の娘も同じ方向を見て語り始めました。
    息子は急においで!おいで!の手振りをしました。
    その後一瞬2人の動きが止まり娘は泣き出し息子は「バイバイ」と言いながら手を振っていました。
    私はビックリしたものの遊んでるだけかと思っていました。
    その3時間後亡くなったと連絡が入り時間を聞くと午後8時34分でちょうど子供達が騒いでた時間でした。
    葬式の時に私は娘と姪の子守りを頼まれ出席できませんでしたが息子がお墓に行った時にお墓の方を見てずっと手を振っていたそうです。

    あの子が逝く前に子供達を見に来てくれたんだな~
    私も会いたかった…。
    普段霊感が強くて怖い思いをしてるのに肝心な時には見えなかった。
    天国で大好きな野球してね!向こうでも幸せに暮らすんだよ!

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    • 本当に泣ける(T_T)
    • KDDI-KC31
    • 05/08/02 09:49:37

    こんなに泣いたの、こたちょの癌特集以来

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    • (;_;)
    • KDDI-SA31
    • 05/08/02 10:05:38

    皆さんのホント泣けます(;_;)
    私も…9年前前から飼いたかったフェレットをかい小太郎と名付けました。2年後私は一人暮らしするため小太郎は実家で親と兄にまかせていました。私が一人暮らしして1年ぐらいたったとき小太郎は生まれつき肝臓が悪いことがわかり、みるみる痩せていったそうです。私は仕事と新婚旅行が近かったため実家に戻れなかったのですが危険な状態と聞かされ、私は旅行を止めると言っていました。旦那はとりあえず様子をみに行こうと実家に帰ると小太郎は首に付けている鈴をチリンチリンと鳴らしながら私の所に歩いて来てくれました。母にも小太郎は大丈夫だからと3日後旅行に行きました。旅行から帰ってすぐ実家に行くと小太郎の姿はありませんでした。旅行に出た3日後に亡くなりました。後で母に聞いたのですが、私が小太郎に会いに行ったときにはすでに歩けない状態だったそうです。
    小太郎、私のために少しでも元気な姿を見せてくれたんだね。
    今でも実家に帰ると鈴の音が聞こえるようなきがします。
    乱文、長文すみませんm(_ _)m

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    • 42
    • あげます
    • PC
    • 05/08/02 12:07:12

    。゜(T^T)゜。

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    • (。・・。)ノ゙ぁぃ
    • PC
    • 05/08/02 12:55:38

    読んでて切なくなっちゃった(ノд・。)
    私も家族や身内に優しくなろうと改めて思う。

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    • 05/08/02 13:34:45

    私は出産後、旦那の実家にお世話になりました。旦那の実家には祖母がいてかなり痴呆がすごかったです。孫の旦那を見ても誰だか忘れてしまいました。もちろん私はどこかの人だと思っていた様子でした。泊まりに来てる人といつも言ってました。おもらしは毎日で、疲れて寝てるのを起こされたり、子供を抱っこしたがったり、部屋の鍵をかければ「いないのー?」とドアを思い切り叩き恐かったです。だんだん部屋に祖母が来ることに嫌になってきました。去年の春、帰省中に私たちは出掛けて外にいた時、義父から電話で祖母が救急車で運ばれたことを知らされました。病院に駆け付けた時に祖母は苦しそうにしてました。数時間後、祖母はもうダメだと聞かされ呼吸装置を外すか外さないかの話があり、義父が「楽にしてあげてください」と言いました。祖母の脈拍がだんだんなくなり、体温も下がり、そして一直線に……。私は「お祖母ちゃん!」って何度も呼びました。目を開けないまま祖母は肺炎でこの世を去りました。私はなんてひどいことを祖母にしていたんだろうとすごく反省しました。なんでもっと優しく接してあげれなかったんだろう。なんでもっと曾孫を抱っこさせてあげなかったんだろうと…涙が止まらずお葬式も涙が止まりませんでした。
    お祖母ちゃん本当にごめんね!本当にごめんなさい。亡くなる前の日忘れていた旦那の名前を義父に呼び掛けていたことを知り旦那はすごく喜んでいたよ。
    旦那を可愛いがってたから思い出せたのかな。お祖母ちゃん今年もお墓参り行くからね。大好きなケーキ持ってくよ。待っててね!

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    • せなまま
    • N2102V
    • 05/08/02 14:32:20

    私が13歳の時。5年間飼っていたうさぎのブーちゃんが亡くなりました。
    数日前から調子が悪く「頑張って、ブーちゃん」と毎日話し掛けていました。
    その日はとても天気のいい日でした。朝早く目が覚めた私は愛犬と一緒に苦しみ意識朦朧のブーちゃんの前にいました。苦しそうに、でも懸命に息をするブーちゃんを泣きながら見ていて、ふいに「頑張ってくれてありがとう。でも、もう頑張らなくていいんだよ、ブーちゃん」と言うと、前脚で顔を隠し、ゆっくりと息を引き取りました。
    愛犬もわかったのか悲しそうな声を出しながら私の涙をなめてくれました。ブーちゃんが亡くなってすぐ、あれほど天気がよかったのに急に雨が降り始め、一晩続きました。
    今は庭で眠っているブーちゃん。数年あとに亡くなったシーちゃんと仲良くしてるよね。きっと。

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    • なな
    • KDDI-CA31
    • 05/08/02 15:07:26

    私は2ヶ月前に流産してしまいました。手術の後、安静にしてください。と言われていたので旦那の実家で横になっていました。そこに義妹の子(四歳♀)も遊びに来ていて横になっている私をみて「どうしたの?お腹痛いの?赤ちゃんいるから?」と言いました。まだ義妹にも妊娠の事、流産の事話してなかったので知ってるはずがないのにとびっくりしました。「ううん。いないよ。」と私が言うと布団をめくってお腹をみて「ほんまや!なんでいないの?赤ちゃん!!赤ちゃん!!」と呼びかけるのです。もともと霊感が強い子で今までもそういう事があったのでびっくりというよりは本当にここに赤ちゃんがいたんだ。と実感し切なくなりました。

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    • なな
    • KDDI-CA31
    • 05/08/02 15:13:05

    続き
    その後、赤ちゃんはいなくなっちゃったんだ。寂しいね。と言うと「うん、かえってくるかなぁ。男の子だったよ!ママのこと大好き!って言ってたから、またかえってくるよね!」と…。
    妊娠が分かった途端の流産でお腹にいたこと、今はいなくなってしまったことに実感がもてずにいた私はその言葉に号泣してしまいました。

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    • 泣ける…
    • KDDI-SA31
    • 05/08/02 23:18:32

    あげ

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    • 05/08/02 23:45:45

    今日の話です。
    夜7時ぐらいから雷が鳴りだして、晩ご飯の最中だった私とチビ3人は固まってしまいました。
    長女が泣きだし、つられて長男も泣いて次男を抱いていた私にしがみついてきました。
    「もうすぐ鳴り止むよ。大丈夫だよ。」といっても怖い怖いとパニックになり…。
    ようやく鳴り止んだ時、長女がボソっと
    「ママが死んだら一緒に天国に連れてって」
    と言いました。何言ってるの?と思っていると長男も
    「僕も一緒に行く!」と泣きながら言ってきました。よっぽど怖かったのか、絶対一人にしないでねって…
    頼りない私でも子供からすれば心強い味方なんだ、いつまでもこの子達を支えてあげないと、と思ったら涙が出ました。
    あまりいい話じゃなくてゴメンナサイ。

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    • あげ
    • KDDI-SA31
    • 05/08/02 23:58:01

    あげ!

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